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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

16綴り 若い心は壊れやすくて。

短編 物語

 

短編

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16綴り 若い心は壊れやすくて。

 

 

 まじめって言うのは損だ。

 私はつくづくそう思う。

 

 

「美紀って、三十のおっさんと付き合ってるらしいよ」


 私はトイレの個室で親友だと思っていたあずさの声をきいた。


「えー? まじ? 援交じゃん」


 この声は多分、二組の岡山優花だな。

 私はなんだか冷静に、床に張り巡らされたピンク色のタイルを見ながらそう思った。誰にも言わないっていったのにな。

 


「しかもさ、中学の時のカウンセラーの先生らしい」

「うわー。佐伯? あの地味で眼鏡の? お似合いじゃん」


 完全にここから出るタイミングを失ったなぁ。

 自然とため息が漏れた。

 あずさが誰にも言わないから教えたのに。なのになのになのに。

 


「あ、これ誰にも言っちゃだめだよ?」

「わかってる、わかってる」

 嘘。絶対言うじゃん。

 

 ファンデーションの蓋をしめるカチリという音がした後、あずさと岡山は下品な笑い声をもらしながらその場を去った。

 足音が遠のいても私はなんだかトイレの個室から出るのが億劫だ。

 授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。


 それでも気分は晴れなかった。

 午後の授業はサボろう。

 

 

 そう決めると少し心が軽くなった。

 鍵をスライドさせて、個室からでる。

 小窓から洩れる日の光が温かくて、私の気分とは真逆でちょっと苛ついた。

 

 手を洗い、自分の顔を鏡で見る。

 化粧っ気のない顔、染めてない髪。

 先生はそれが好きだって言ってくれたけど、それが今は憎らしい。

 

 

「お金なんてもらったことないのにな」

 そう呟いた。

 この悲しみの論点はそこじゃない。

 わかっている。

 

 でも、少なからず他人からみると「やっぱりそう見える」のかとショックを受けないでもなかった。

 十六歳の私と、三十歳の先生じゃ「やっぱりそう見える」んだろう。

 

 

 だから、親友だと思っていたあずさだけに教えたのに。

 あずさも口では「大人と付き合えていいじゃん」って言ってたけど、やっぱり本音はああだったんだろう。


 鏡の中の私は肩をすくめる。

 なんだかすべてがどうでもいい。

 

 

 私は高校を抜け出した。

 早退も考えたけど、早退すると荷物を教室に取りに行かなくっちゃならなくなる。

 とりあえず今日は、あずさの顔を見たくなかった。

 その代わり、たまらなく先生の顔が見たくなった。

 

 今すぐ先生に会って、私の気持ちを受け止めてもらいたい。


 色々ショックだった。

 絶対に誰にも言わないでと言ったのに簡単に喋ったあずさも。

 世間的に「援交」に見えてしまう私も。

 

 先生の言葉で否定してほしいと思った。

 あずさが悪いと。

 私は悪くないと。

 私達は本当に愛し合っていて、援助交際だなんてチープなものではないと。

 言って欲しかった。

 

 そうすれば私は安心できると思う。

 明日も何気ない顔で学校に行き、あずさの事を心の中で許しながら憎みながら、私自身を肯定して生活できると思うんだ。

 

 

 私は先生のいる中学校に忍び込んだ。

 忍び込んだといっても、正門から入ったんだけど。

 校舎から離れた裏庭に向かう。そこには先生がカウンセラー室として使うプレハブがある。私は引き戸をノックした。

「先生……」

 もうすぐ、先生に会える。そう思うと大人ぶっていた私が崩れた。

 涙が次から次へと溢れてくる。

 セーターの袖で涙を拭う。硬い生地が頬に擦れていたい。

 

 パタパタとスリッパの音がして、引き戸が開いた。

「美紀……! なんでこんな時間に……。泣いてるの?」

 唖然とした先生は、とりあえず入って、といって私の肩を抱いた。

 

 

 先生が温かい紅茶を入れてくれた。

 部屋いっぱいに優しい香りが広がる。

 私をソファに座らせて、紅茶の入った青いマグカップを私の前に置いてくれた。


「熱いから気をつけてね」


 私はこくりと頷くと、マグカップを手にとって口をつける。


「……熱い」

「言ったでしょ?」

 先生は微笑んで、私の隣に座った。


「ちょっとは落ち着いた?」

 私はこくりと頷いた。

「何があったの?」

 いざそう言われると私は言葉に詰まってしまう。

 言いたいことは沢山あった。

 言って欲しいことも沢山あった。

 

 でも、こうして二人並んで話していることも、他人から見れば「援交」なんじゃない? そう思うと少し息をするのがつらい。

 マグカップをテーブルに置いてうつむいていると、先生が心配して私の手を握った。

 もしかして、こういうことも?

 

「ねぇ……? ほんとにどうかした? 肩、ふるえてるけど……」

 心底心配する先生の顔を見上げる。

 ダークブラウンに染めた髪、眼鏡の奥にある優しい瞳とシワ。

 クラスにいる男子と比べたら、確かにおじさんかもしれない。

 

 ただ黙って先生を見上げる私を、先生はおもむろに抱き寄せた。

 大きな体が私を包み込む。

 今まであんなに心地いいと感じていたのに、今はそう感じない。

 先生と交わるすべての事柄が「援交」に感じられた。

 汚い行為だと。

 

「先生、私無理みたい」

 気がつくと私はそう呟いていた。

 先生はハッとして、顔を見るために私を離す。

「私、先生の事好きじゃなくなっちゃったみたいなの」

 

 

 恋愛は心でするものだ。

 私の心は「援交」を拒否して、先生を拒否した。

 絶望する先生の顔を、もう恋人のものとしてではなく、ただの他人の顔だと思った。

 

 若く軟い私の心は、「援交」というレッテルを背負って生活して行けるほど強くはないのです。

 それが、私たちの間では「援交」でなかったとしても。

 

 

 

 

おわり

 

 

貴方を思い出すと私は哀しい