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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

20歳になる前の私……

今週のお題「20歳」


  私はもうすでに20を優に超えているのですが、私が20の時、関西ではまあまあ有名なお菓子会社を辞めました。2年半勤めたのですが、まぁブラックな会社で朝3時出勤、夜23時帰宅みたいな感じでした。

  もとより少なかった友人も忙しい仕事で疎遠になり、でも高卒の割に給料や待遇も良かったですし、勤めて半年で中間管理職の補佐にもなれました。

  辛いことや苦しいことも沢山あったけど、その部署で一番偉い方に気に入られていたし、「次は呉西に任せようかな」

という話もでていたので、頑張れました。

  体を壊すまで。

  なんやかんやあり体を壊してしまったんですよね。特に腰。

  事務職に移る話もあったけど、そういう人が裏で陰口を叩かれるのをずっと聞かされていた私は、まぁ、行く気にならなかったですね。


  仕事を辞めて、療養。

  それでも働かなきゃご飯は食べれなくなるし、家賃も払えなくなる。それは困るわけで。失業保険はあるけどね。

  医者は休めと言ったけど、気が気ではなかったなぁ。


  でもまぁ、ある程度休んでいると気持ちが晴れてきて、「これから社会に出てこれほどお休みもらえる事ってあるんだろうか」と思った。

  思えば働いていた時、3日以上お休みがもらえなかった。

  今後就職するなり、アルバイトなりで生活を繋ぐとしても私は生きるために毎日毎日働かねばならないのだ。

  息をしているだけでも、家賃が発生し、腹も減る。仕方のないこと。

  でもいまは、失業保険にある程度保障されている。

  思えば、私には何もなかった。高校生活も勉強と本に明け暮れ、友達も少なく、しかし、その友達も仕事で無くした。外に出ることもなく。その時は化粧っ気もなく、ただ、生きるなにかだった。


  これはいけないと思った。

  失業保険はまだ2ヶ月ある。

  私は自転車に乗って、東京を目指した。(我ながらぶっ飛んでると思う。


  そこで見た京都の朝日で光り輝く茶畑や、琵琶湖の七色に光る上流。そこで出会った様々な人を私は今も忘れることが出来ない。



  雨風がひどく、凄く寒い2月のことだったので、残念ながら名古屋手前で雪により進めなくなってしまったけれど、いい思い出だ。

  そこで私は何も知らないことを知った。


  私は体を壊して、無謀にも(体を壊したショックでヤケクソだのもある)自転車の旅に出たけれど、社会に出たらどこにも行けなくなる人もいます。私も前の職場で今も働いていたならば、茶畑やあの綺麗な風景も、一生見なかったと思います。

  ぜひ、社会に出る前にやりたい事をやってみませんか。

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