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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

18綴り 自律神経が失調されて 【短編】

短編 物語

短編。

スマホ推奨。

ただのグロ。

 

 

 

 昔、母を殺したことがある。


 その時、震える手で包丁を持つ僕を、皆「仕方ないよ」「正当防衛だよ」と口々にそう言った。

 僕は法的に被害者になったが、死人に口なしとはよく言ったもので、母は静かに悪者にされた。

 誰かが僕を許しても、僕が母を殺したという事実は変わらない。

 誰かに「死ね」と言われて、僕が死なないように。

 全ては、どう自分が感じるかだと僕は思うから。

 


 母ははかない人だった。

 白く、今にも消え去りそうな。煙に似た人だった。

 かとおもうと、ガスバーナーで煙を蹴散らすように真っ赤な顔をして、怒鳴り散らしたり、鉄鎚で家具や窓を壊したりするのだ。

 そんな人だから、父は僕が幼いころに僕を置いて出ていった。

 


 僕はなんとも思わなかった。

 僕を捨てた父も、二面性のある母も。

 朝日が昇るのを眺めるように、母は僕の前で狂い、父は僕の前で居なくなった。


 

 ある日のことだった。

 僕が学校から帰ると、母が包丁を握っていた。


「動くな!」


 母は叫んだ。顔は赤く、目は血走っていた。

 僕は言われたとおりに靴も脱がず、鞄も下ろさず、ただぼーっと玄関で立つことにする。母が近寄り、僕の肩に掴みかかった。思いがけない行動で、僕は体制を後ろに崩し、母も体制を崩した。母が握っていた包丁の柄の部分が、僕の額に当たる。その拍子に母は、手を滑らせて包丁を僕の足もとに落とした。


 僕が包丁を拾うと母は困惑した。



「どうしたのよ! 私を刺そうっていうの? 昔はあんなにいい子だったじゃない! どうしてお母さんの言うことを聞かないの? あんなに約束したじゃない? いい子にするって」



 母は体を起こそうとしたときに足を滑らせて、僕に覆いかぶさってしまった。

 母の体に、ぐっさりと包丁が刺さる。生暖かい血と激しい吐息が、僕の手にかかる。

 僕は母を殺した。ただ、包丁を渡そうとしただけなのに。

 

 

 母は、心の病だったらしい。

 心の薬はとても副作用が強く、脳というHDDを焼ききる。

 人間の、人間らしい感情を薬で制御し、眠れないというケーブルをハサミで切る。母は焦げた脳のHDDで現実と夢を行き来し、生きようとしていたらしいのだ。

 そう分かっていても、いつも、母の最期の言葉が僕の周りをぐるぐると回っていた。



「昔はあんなにいい子だったじゃない! どうしてお母さんの言うことを聞かないの? あんなに約束したじゃない? いい子にするって」


 母はいい子を望んでいたんだろう。一度も口答えなんてしたことはなかったけれど。約束の言葉だって交わしたことはなかったけれど。

 

 

 さて、そんな人殺しの僕も今年22歳となる。

 奇しくも、母と同じ病気になり、母と同じ薬を飲んでHDDを焼いている。

 僕の今書き起こしている過去は、過去じゃないのかもしれない。

 薬で作った幻想かもしれない。

 もしもこれが幻想だというのなら、せめて優しい母を創ってくれればよかったのになぁ。