貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

19綴り 遠い春に、私は恋をしながら。【短編】

 

スマホ推奨。

歪んだ恋愛しかしたことないけど、恋愛小説書いてみる。

 

 

 

 

 小さいノートパソコンが、生まれながら耳の聞こえにくい私にとって唯一壁のない世界だった。

 私は音のない世界でノートパソコンの画面を見つめ、右端に「ポンッ」と新着メッセージの案内をみると嬉しくて静かに飛び上がった。マウスを掴むとカーソルを「メッセージ」のボタンに近づけてクリックをする。

 最近始めたSNSは多機能で楽しい。ブログやチャット、メッセージのやり取りができて、簡単に知らない人と繋がることができる。

 ブログの機能を私は使うことはなかったが、人が何気なく過ごしているブログを見るのはなんとなく好きだった。知らない人のブログに訪れては、当たり障りのないコメントを残す。お気に入りのブログを見つければ私は更新のたびに何度もそこを訪れた。他人の日常に興味を抱いたのは、私自身が三年くらい引きこもっているからかもしれない。

 

 

 父も母も友達も、皆優しかった。

 よくある「イジメ」なんていうものと、私は無縁の場所にいた。皆、優しすぎた。三年前、高校を卒業すると私は外に出るのが怖くなった。

 今までみんな優しかった。優しすぎた。

 補聴器でかろうじて聞こえる私も、社会に出れば少し変わった眼で見られるだろう。いじめられるかもしれない。そんな空想で自分自身をいじめている内に、外に全く出れなくなってしまった。

 父も母も優しかった。外に出たくないという私を無理やり出そうとはしなかった。

 私は、現実世界の酸いも甘いもしらないまま、ただ海の底に沈む貝のように静かに息をしていた。

 


 最近気になるブローガーがいる。私と同じ引きこもりの「春」という人だ。


 私はSNSの引きこもりコミュニティーで春を見つけた。


 春は、私と同じ引きこもりのクセに毎日ブログを更新する引きこもりに見えない人。写真が好き、料理が好き、ベランダでミニキャロットとセロリを育てる変わったお兄さん。更新される記事に私はいつも一番乗りでコメントをする。それが日課になっていた。


 初めは「綺麗な夕陽の写真ですね」「美味しそうな料理。食べてみたい」なんて、月並みなコメントを残したけれど、段々お互いがお互いを認識し始めると砕けた言葉でやり取りするようになった。

 



 ある日のことだった。

 春が「初生パスタ!」という題名の記事をあげていた。

 なんでも小麦粉からパスタを作ったらしい。写真にはひき肉たっぷりのミートソースがかかったスパゲッティがカメラのレンズを曇らせていた。

 私は自分でもあざといかな? なんて思いながらも「すごーい! パスタって作れるんですね」なんてコメントをした。その日春からコメントは返ってこなかった。

  

  だけど、次の日の朝、私宛にメッセージが届いていたのだ。


「ハクへ。ちなみにうどんもパンも、僕は作れます。そのうちブログにアップするね。ハクにも食べてもらいたいなぁ……なんてね」


 ハクとは私のネット内でのハンドルネームだ。春の真面目なメッセージで、私は少し笑ってしまった。

 それから春とはブログ内でのコメントとは別に度々メッセージのやり取りをした。

 

 

 春という名前は本名だということ。

 春いわく、アクティブな引きこもりだということ。

 もうすぐ三十路になるということ。

 同居人がいるということ。

 そして、私の住む街から、春はそう遠くない所に住んでいるということ。

 

 

 メッセージのやり取りで、今まで知らない春を沢山知ることができた。なんだかそれは、私だけがちょっと特別な気がして嬉しかった。

 春は事あるごとに「僕は悪い男だからね。ハクは僕みたいな男についていっちゃあだめだよ」と言った。そのたびに私は「はいはい、わかりましたよー」なんて返したけれど、もう遅かった。


 私はメッセージのやり取りをしている内に、春という人に惚れていた。


 だって最近の私は少し変だもん。


 メッセージが来るたびにドキドキするし、春に会うためなら外に出たいと思う。こないだなんて、夢に春が出てきたんだもん。

 


 私は悩みながらも「昨日、夢で春にあったの」とメッセージを送った。暫らくして返事が返ってきた。

「夢を現実にしてみない?  明日、レーズンパンを焼くんだ。食べてみたくない?」と来ていた。

 マウスを握っていた手が汗ばんだ。どうしよう……会ってみたい。

 でも私は……。

 

 悩んでいるとノートパソコンの画面が真っ暗になった。真っ黒の画面に私の顔がぼーっと浮かびあがる。

 

 

 地味な顔……。

 春は……どう思うだろう。

 耳が聞こえないこと、嫌がられたりしないかな。

 

 すごく悩んで。

「レーズンパン、食べたい」

 とだけ送った。

 

 

 送信のボタンを押すと、私は「きゃー」と声を上げながら、ベッドに飛び込んだ。やってしまった。送ってしまった。


 あえて、返信をすぐに確認せず、無理やり明日着ていく服を考える。


 春はどんな女の子が好きだろう。


 春を思うとお気に入りだった白色のワンピースが思い浮かんだ。

 うん。白。白がいい。レースのついた麦藁帽子を被っていこう。

 

 ひとしきり悶えた後、私はゆっくりとベッドからおりてメッセージを確認した。返事は、来ていた。

 隣町の大きな公園で、二時に待ち合わせることになった。

 私は小さくガッツポーズをする。そして、しずしずと一階におり、料理をしていた母の肩をつついた。


「ねぇねぇ、お母さん」


 母は振り返り、笑顔でゆっくりと「なぁに?」と言った。

 私は母の唇の動きを読みながら「明日、お友達と遊んできていい?」と聞く。母は、少し驚いて「いいわよ、いいわよ」と喜んで五千円くれた。

 誰と遊ぶか、そんなこと、母は聞かなかった。高校の友達だと思っているんだろう。

 

 

 朝、私は珍しく早起きをした。

 お風呂でしっかり体中を洗い、ドライヤーで髪を乾かして、ブラシで髪をといた。お化粧は……いままでしたことがなかったから、少しでも肌が綺麗に見えるようにベビーパウダーをはたいておいた。


 お昼までまだ時間はある。

 私は二つ折りの携帯を開いた。アドレス帳に昨日加えた、春の名前を何度も見る。待ち合わせですれ違わない様に教えてもらったんだ。名前を見て飽きずにそのたびににやけてしまう。

 でも「おはよう」と、送れなかった。もしかしたらまだ寝ているかもしれないから。

 

 私は二時間早く家をでた。

 三年ぶりの外は眩しくて、少し頭が痛い。補聴器から聞こえる車のエンジン音が、耳の中をくすぐる。まだ六月だというのに、少し日差しが痛い。

 私はきょろきょろしながらも駅へと向かった。

 

 何度も鏡で自分の姿をチェックする。

 補聴器は髪で隠した。やっぱり春にばれるのは怖かったから。

 私だって、補聴器さえ見えなければ普通の女の子だもん。

 深く、麦藁帽子を被る。

 右耳、左耳、よし。

 うん、大丈夫。

 鏡の中の私が笑った。

 

 

 電車に乗って、携帯をちらりと見るとメールが来ていた。


「おはよー。いよいよだねー(๑•̀ㅂ•́)و」

 可愛い絵文字に私は悶えながら「うん、電車に乗ったよ(>ω<)多分、時間通りにはつくね」と精一杯の絵文字を作って送る。


 本当は一時間も早く着くんだけど。


 電車の窓に映る自分を見た。何度も前髪を整える。


 駅について電車から降りると、突風に前髪がさらわれてなんだか滑稽で苦笑した。

 

 

 公園は近かった。

 階段を降りると青々とした木々生い茂る公園が広がっていた。

 公園で遊ぶ親子や、老夫婦が散歩している。私は見渡して、待ち合わせの噴水に向かった。


 噴水の前のベンチに座り、籠編みのバッグから本を出す。ちょっとでも頭のいい女の子に見られたいって下心。

    でも、読み始めると面白くって、周りの音が聞こえないくらい集中して読んでしまった。幼馴染の男の子を救うために何度も過去と未来を行き来する物語。勢いのある文章が、私を次へ次へと追いやった。

 

「それ、去年映画化されたやつ。面白いよね」

 

 不意に声をかけられた。

 顔をあげると爽やかな黒髪の男の人が、しゃがんでこっちを見ていた。

 

「は、るさんです、か?」

 

 声がうわずる。恥ずかしい。

 

 

「うん。ハクちゃん? だよね」

 笑顔が眩しい。全然三十路手前に見えなかった。

 

「隣座っていい?」


 白く細い指先で、私の隣を指差した。

 私は隅にザッと寄って「ど、どうぞ」と言った。

 

「そんな。とって食べたりしないのに」

 くすくすと春は笑う。その食べたりって単語がなぜかエッチに聞こえた。私の頭、おかしくなっちゃったのかもしれない。

 

 春は私の隣に座るとエコバックから透明な袋に入ったレーズンパンを取り出した。

 

「はい。ハクお嬢さん。約束のお品です」

 

 からかうように言う春。

 きっと場を和ませようとしてくれているんだ。

 

「あ、ありがと」

 

 手と手が触れない様に袋をつまんで受け取った。

 大きくて丸いレーズンパンが三つ。表面にザラメがかかっていて、太陽の光できらめいている。

 

「美味しそう……」

 自然と言葉が漏れた。

 

「美味しいよ。おすすめはね、トースターでちょっと焼くこと」

 

 ザラメを焦がさないようにね、と春はほほ笑む。

 

「なんか暑くない? あそこのドーナッツ屋さん、入ろう? おごるよ」

 春は、春の言う通り、アクティブだった。

 私の返事も聞かず、手を握ってドーナッツ屋さんへ半ば強引に連れていく。不思議と嫌じゃなかった。

 

 

 このときが一番幸せだった。

 出来るならこの時に私は死にたかった。

 

 

 

 

つづく