貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

22綴り 憂鬱とつゆだく(前編

フィクション

 
 
 
 
 
 
 
「ねぇ、もし私が下半身不随になったらどうする?」
 
 
 
 ソファで くつろぎながら本を読んでいる僕に、へにゃっと笑って彼女はそう言った。寄り添うように彼女は僕の隣に座った。
  色々言いたい事はあったけれども、僕はムッとして彼女を見る。
 
「何、急に?  縁起でもない」
 
「私がよく飲みに行く友達のヨシミっているでしょ?」
 
  彼女がいうヨシミという奴は、飲み友達で大学からの付き合いらしい。確か、五つ上の旦那さんが居るとかなんとか。そういえば最近、飲みに行っていないな。
 
「旦那さん、脚立から落っこちて、意識不明なんだって」
「脚立から落ちて?」
「うん。打ち所が悪かったんだって。結婚して、まだ間もないのに、大変だなぁって」
 
 
  打ち所が悪いのであれば、目が覚めたとしても後遺症が残る事は十分にあり得る。
  ヨシミは彼女と同い年だから、27か。まだ若い。
 
 
「そりゃぁ、大変だね」
 
 
  僕は、彼女が入れてくれたコーヒーを口にふくむ。読書に熱中していて、冷めてしまっていた。それだけの時間、彼女を一人きりにしていたんだなと思うと、少し悪いことをしたなと思う。
 
 
 
「僕は、もし、ゆうこちゃんが下半身不随になったとしても一緒にいるよ」
 
 
  そう言って、残りのコーヒーを一気飲みした。
 
 
 
「私は、やだなー」
 
「え、ひどい。僕が下半身付随になったら別れるっていうの?」
 
「うん。だから、もし、私が“ダメ”になったら別れていいよ。そういうのって、どっちも辛いでしょ」
 
 
 
  これは、彼女なりの優しさなんだと思う。彼女は時折、突き放した言い方をするが、なんだかんだ言って優しい。だから、もし、僕が本当に下半身付随になったら「気にしない、気にしない」と言って笑いながらずっと一緒にいてくれるんだと思う。
 
 
「何いってんだよ。ゆうこちゃんとは別れないよ。それにさ、ヨシミちゃんは大変かもしれないけど、結婚ってそういうもんなんだと思うよ」
 
 
「そういうもんなの?」
  彼女はキョトンとした。
 
 
「そういうもんだよ。ほら、結婚式で、“病める時も健やかなる時も”っていうだろ」
 
「でも、それって凄く偽善的っていうか、建前って感じじゃない?」
 
「そういうもんかな?」
 
「そういうもんだよ」
 
  彼女は、さっきの僕を真似た。少し似ていて吹き出してしまう。
 
 
「岬くんは、私のどこが好き?」
 
 
  さっきまでとは違う。
  どこか真剣な顔で僕を見た。
 
「んー。やっぱり、一緒に居て楽しいところかなー」
 
  彼女がずぃっと、僕に寄ってくる。後ずさると、僕は態勢を崩し、ソファに仰向けになった。
  彼女はマウントをとって、僕のお腹に馬乗りになる。
  見下ろしながら彼女は口を開いた。
 
 
 
「じゃあ、私が下半身付随になっても、一緒に居て楽しい?  車椅子を引いて、ご飯食べさせて、トイレのお世話して……」
 
「楽しくはないね。むしろ、辛いだろうね」
 
  ほんの少し本音を言った。勿論、そうなってしまったとして、僕に遠慮するだろう彼女を想像すると辛い、という意味で言ったつもりだ。
 
 
「ね?  一緒にいられなくなるじゃん」
 
「それでも一緒にいるよ」
 
 
  彼女は僕の上で悲しそうに笑った。
 
 
「なんで?」
 
「君の事が好きで、一緒にいる理由は一緒にいて楽しいからっていう理由だけじゃ伝えきれないからさ……」
 
「それってなんだか、さっき言ってる事と矛盾してるよー」
 
 
 
  そう言いながら、彼女は僕に覆いかぶさって、キスをしてくれた。
 
 
 
  三ヶ月後、彼女は鬱病と診断された。
  元々そんな傾向はあったのだけれど、頑張り屋な性格から、僕はただ見守っているだけだった。
  本当に助けがいるなら、言ってくれるでしょ。そんな風に、彼女を軽視していた。気がついた時には、彼女は掛け布団で団子を作り、自ら餡子となってまったく外に出てこなくなってしまった。
 
 
 
つづく