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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

23綴り 憂鬱とつゆだく(後編

短編 物語

 

フィクション。

 

 

 

 

 

 

 『“ダメ”になったら別れていいよ』

 

 そんな風に口走ったのは、保身のためだった。

 

 

 

 掛け布団にくるまっていると、悲しくもないのにポロポロと涙が溢れる。脳みそから受信先のない信号を送信した。

 

『会社に行きたくない、会社に行きたくない』

 

 ちょっと前までは、行きたくない、と思ってもなんとか体を無理やり動かしていた。

 だけど最近は、油を指し忘れたロボットみたいに立ち上がろうとすると関節がギギギと嫌な音を立てる。

 それでも会社に行って。て。

 

 

 朝起きて、会社行って、寝て、朝起きて、会社行って、寝て……。

 

 

 生産性のない灰色の毎日を過ごしていると、もう布団から動けなくなってしまった。彼に黙って這うように心療内科に行ったら鬱だって。笑っちゃう。

 診断されたその日、電車に乗ったら帰宅ラッシュに出くわして。たくさんのサラリーマン達と電車の中でおしくらまんじゅうをした。皆汗をかいていて、汗をかいていない私が馬鹿にされているようで。

 潰されてしまいそうだった。お前はゴミだと言われているようで。

 

 それからなんとなく。会社をやめた。

 彼は「ゆっくり休もう」と言ってくれた。


 せめても食費を削ろうと、何も食べないと酷く心配させてしまった。

 せめても電気代を削ろうと、明かりもつけずに丸まっていると心配させてしまった。


 もう、なにもかも裏目に出て、嫌になって更に布団にくるまった。

 


「ゆうこちゃん」

 朝、彼がいつものように布団を撫でた。

 私は彼に返事をしない。

 

「そろそろご飯、食べないと」

 食べたくない。

 

「栄養取らないと。元気にならないよ」

 元気になりたくない。

 

「僕、また牛丼つくったんだよ。冷蔵庫に入ってるから気が向いたら食べてね」

 最近凄い頻度で牛丼作るよね。栄養偏るよ。

 

「ゆうこちゃん……」

 ごめんね。

 

「僕、元気なゆうこちゃんが好きだよ」

 だから……



「……嫌いになっていいんだよ」

 カメが甲羅から顔を出すように、私はひょっこりと顔を出す。

 彼の目が潤んでいた。久しぶりに見た彼は、酷くやつれていて、目の下が真っ黒だ。

「もう私は“ダメ”なんだよ」

 

 他の人と同じように過ごせない。足並みを揃えて、働けない。息をしていてもお金がかかる生活が、とても息苦しくて窒息してしまいそうだった。

 いい意味でも悪い意味でも彼がいるから“生きている”んだ。

 

「そんなことないよ……。一緒にがんばろう……」

 彼は布団ごと私を抱きしめた。

 彼の熱い涙が敷布団を濡らす。

 私は、申し訳なさばかりが先行して、心の中にいる弱い自分を他人のようにいじめた。

 

「もう、お仕事行くから。ひと口でもいいからご飯食べてね」

 

 彼は立ち上がった。

 未だ頭から掛け布団を被ったままの私は、彼の背を見送る。重いマンションの鉄扉が閉まると、一気に部屋が静かになった。

 

「一口だけ……食べよう」

 

 私はそっと掛け布団を下ろすと、冷蔵庫をあけた。赤い小さな両手鍋の中に、牛肉と玉ねぎが煮込まれていた。彼が作った牛丼の具だ。牛肉からでた脂がうっすらと白くなっている。

 

 料理の苦手な彼はコレばかりつくる……。

 私は炊飯器に入ったお米を茶碗についで、牛肉をほんの少しご飯の上に乗せるとレンジで温めた。玉ねぎとしょうゆの甘い香りが漂ってくる。

 温めが終わった事をレンジが告げると、私は大きなスプーンで立ったまま牛丼をいただいた。

 レンジで温めすぎたご飯が熱くって、思わず「はふ……」と声をあげてしまう。喉にチリっと痛みが走った。柔らかい牛肉を飲み込み、煮込み過ぎて形を感じられない甘い玉ねぎをご飯と一緒に食べる。

 おいしくって、思わず涙が出た。

 食べたのはほんの少しだけれど、胸の辺りがなんだか満たされた。

 

 

 私はもう一度布団に入り、眠りにつく為に目をつぶった。

 

 

 少しでもいい、まずは彼に栄養があるものを作ろう……。

 そして私が“ダメ”な時は、彼に牛丼を作ってもらおう。

 そう思った。

 

 

 

おわり