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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

39綴り 人生を失敗させないためのプログラム

 

 

 

短編です。

一話完結。

 

※38綴りの続きはもうしばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 

「コレは夢なのか」

 

 

 ここには誰もいない。

 何もない真っ白な空間の中でただ、そう呟いた。

 俺は自分の体を見る。

 

 薄汚れて所々破れたカーキ色のロングコート。

 爪先は黒く、ボロボロになっている。

 

 不思議なことに何一つ自分の事が思い出せない。

 身なりからしてホームレスだったのだろうか。

 

 目の前が揺らぐ。

 これが走馬灯というものなのだろうか。

 

 

 だったら俺は――

 

「死んだのか」

 

 なんだか妙に納得が出来た。

 

 

 揺らぐ視界に包まれる。

 それが俺自身の過去だと直感的に理解できた。

 

 

 

ー ー ー ー ー

 

 

 幼少期。

 温厚な両親に囲まれて育っていた自分。

 父が居て、母が居て、家があり、温かい家庭で育った。

 幼稚園、小学校へとすくすく成長し、ふと、自我が確立していった。

 

 国語ではひらがな、カタカナ、漢字を習った。

 理科は生き物、科学を習う。実験は好きだった。ワクワクするからだ。

 社会。歴史が特に好きだった。

 

 

 でも、算数。

 これだけが理解できなかった。

 

 足し算、引き算、掛け算、割り算。

 一+一は二だというけれど、泥団子を二つ足しても一だ。

 円は割り切れないというけれど、丸いケーキは均等に切り分けられる。

 

 いや、そういうものなんだ、ということにしよう。

 でも、小さな不信感が幼い俺の心に影を落とした。

 

 

 教科書は、正しいのだろうか?

 

 

 次第に優秀だった成績も段々と落ちていく。

 楽しかった授業も右から左へ流れ、身が入らない。

 

 

 

 不思議が不信感に変わり、心の中に箱が出来る。

 それは“正しい”か“正しくない”かの箱だった。

 幼い自分の中で、自分だけが正しかった。

 

 歪な心持で小学生を終えた。

 中学へあがると更なる不思議が芽生えはじめた。

 

 

 

 

“なぜ勉強をするのか”

 

 

 たとえば因数分解

 これって社会に必要なのだろうか。

 算数が数学へ変わった時さらに不信感がました。

 

 

 勉強が何になるのか。

 いち早く社会に出たほうが自分の為になるのではないか。

 そんな考えとともに、ただ単純に“金が欲しかった”こともある。

 中学を卒業したら就職しようと思っていた。

 だから中学ではロクに勉強せず過ごす。しかし勉強をしないことに寛大な両親も焦りを見せ始めた。

 

 だが、その時にはもう俺の成績は手遅れであった。

 

 

 名前を書けば受かるような高校しか残ってはいなかった。

 母に涙ながらに訴えられながら、高校に入学した。

 勉強をしないことが、親不孝だった……のだろうか?

 でも、今更勉強などできなかった。

 

 

 勉強をする口実が欲しかった。

 納得できる理由が。

 

 

 

 底辺の高校ではそんな“理由”なんてなくて。

 

 

 バイトに明け暮れた。

 労働で得た“金”こそが、何よりもの“正しさ”だった。

 

 

“金は嘘をつかない”

 

 百円は、百円でしかない。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 次第に金を追い求めるようになった。

 高校を中退し、都会へでた。

 初めは上手くいった正社員も、博打を覚えて馬鹿らしくなった。

 

 

 パチンコは特に楽しかった。

 汗水たらして働いた日当一万円五千円が、パチンコなら二時間で稼げた。

 大損する時もあったが、博打なのでそれは仕方がない。

 ある程度は自分のテクニックで、どうにかなっていくんだと思った。

 

 他にも競馬、FX、株。

 なんでもやった。

 

 もうその頃にはちまちまと働くなんて考えられなくなっていた。

 人にこき使われるなんてまっぴらごめんだ。

 

 

 そうは思いつつも、どうしても資金繰りが厳しくなった時は打ち子をした。

 少しみじめな気分でもあったが、打ち子仲間が沢山出来た。

 面白おかしく日々を過ごしていた。

 

 

 三十五歳を迎えたある日。

 打ち子仲間の一人が「大きな仕事をしないか」と誘ってきた。

 なんでも社会的にグレーな事業を立ちあげようとのことだ。

 それは詐欺まがいのインターネットサービスで、訴えられさえしなければ莫大な金を手に入れる事が出来るらしい。詳しいことはよくわからないが凄いことだけわかった。

 

 俺は名前を貸してくれるだけでいいとのことだ。

 

 名前を貸すだけで月々三十万円が何もしなくても入るらしい。

 俺はすぐに名前を貸した。

 

 

 事業が動き始めた矢先のことだ。

 母から父の危篤を知らされた。

 気がついた時にはその日のうちに電車に乗って、実家へと向っていた。

 電車がトンネルに入る。

 窓に映った自分の顔をあらためてみると、そこにいつかの若さはなかった。

 

 実家に着いたとき、父は既に亡くなっていた。

 死に目に合うことは叶わなかった。

 しわしわで、くしゃくしゃになった白く、小さな父を棺桶から覗いてみると鼻の奥がツンと痛んだ。

 横で背骨の曲がった母がむせび泣いていた。

 

 

 葬儀は恙無く終えた。

 温厚だった両親は、悲しみを背負った小さな母だけになってしまった。

 

 

 母の肩を抱きながら「これからは親孝行するからな」と伝えた矢先、ジーパンの後ろポケットに入れていた携帯がブルリと震えた。

 弁護士からだった。

 

 事業は失敗。

 俺を唆した奴は姿をくらませた後だった。

 被害額は五千万だという。

 それを一人で返せというのだ。

 

(俺も行方をくらませるか?)

 

 次第に青ざめる俺を心配そうな表情で母が見上げた。

 目が合うと、どうしようもない気持ちがこみ上げくる。

 

 

 俺は逃げずに地道に働いた。

 コツコツとお金を返していった。

 俺一人逃げ、母に迷惑を掛けるのが怖かったのだ。

 

 消費者金融で金を借りながら、返していった。

 しかし、膨れ上がる利子に返せども返せども減っていく気配がなかった。

 完済する直前で母が亡くなった。

 

 もう、俺には何もなかった。

 一気に働く気力が失せた。

 

 両親と暮らした小さな家も、そこに住み続けるのが辛くて売り払った。

 初めのうちは売った金で賃貸マンションに住んでいたがそれも底をついた。

 一度住所を失ってしまうと不便なものであらゆるものに拒否されてしまう。

 

 アルバイトもできないし、就職なんてもってのほかだった。

 身分を証明する書類すらないのだ。

 

 一度落ちれば這い上がるだけ、なんて誰かが言っていたが、それは少し違う。

 落ちると何処までも落ちていける。

 そして、這い上がるには時間も、金も、体力もいるのだ。

 俺にはその全てがなかった。

 

 

 その年の冬は格別寒かった。

 両手足の感覚がなくなっていく。

 冷えた段ボールの上で、ゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 そうして俺は死んだのであった。

 

 

 

ー ー ー ー ー

 

 

 ヘッドギアを取ると僕は水から這い上がるように息を吸い込んだ。

 

「大場君、どうだったかな? もう一つの人生は」

 

 僕にそう語りかけるのは数学の加田先生だ。

 眼鏡の奥ににこにことした瞳が見える。

 

「こわかったです。勉強しないと僕はこうなるんですか?」

 

 そう問いかけながらヘッドギアを先生に返した。

 

「こうなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、大場君はこのゲームの中で自分の意志で選択してこうなってしまっただろう? じゃあ、なりうる可能性は大いにあるだろうね」

 

 僕はため息をついた。

 先生が作ったバーチャル世界で僕は高速で一人分の人生を味わった。

 それもこれも、先生に「どうして勉強をしないといけないの?」と問いかけた事がはじまりだった。

 

 なぜなら僕には理解出来なかったからだ。

 

 加田先生以外の先生は「いい学校に進学できないからよ」という。

 お母さんに聞いても「いい就職先につけないからよ」という。

 数学や古典が社会にでて役に立つとは思えず、僕は日々を悶々と過ごしていた。

 

 でも、加田先生は違ったのだ。

 僕に人一人の一生を見せてくれた。

 

 しかし、バーチャルの僕は勉強をやめてから選択肢がどんどんと狭まってしまったのだ。最善だと思った選択肢も、どんどん悪い方向へ進み、結果的には不服なエンドとなってしまった。

 

 僕が落ち込んでいると加田先生はまた、声を掛けてくれた。

 

「大場君、勉強をすることはね。点数で誰かと競うためじゃない。いい大学や、いい就職先に行くためにするんじゃないんだ」

 

 先生は僕に目線を合わせるようにしゃがんだ。

 

「君がなにか“本当にやりたいこと”を見つけた時にそれが出来るように勉強するんだ。それを怠ってしまっては選べない人間になってしまう」

 

「選べない? ……人間?」

 

「そう。ただ日々を怠惰に生きるんじゃない。常に選択する生き方だ。君はこの悲しい人生を一度体験した。君はお得だぞ。なぜなら普通の人は一度きりの人生だからだ。君がコレを失敗した人生だと思うのならより選択肢の多い人生を選びなさい」

 

 

 

 

おわり