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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

41綴り こんな僕が恋愛をするなんて

 

40綴りは忘却の彼方へ消え去りました。

※あまりにも闇すぎたため。

 

41綴りはフィクションです。

短編。

 

 

 

 

41綴り こんな僕が恋愛をするなんて

 

 

 僕は幼い頃、

   両親に捨てられたらしい。

 

 

 細かく書くとするならば離婚した両親が初めは世間体で親権争いをしたが、お互いやはり育てる事が難しく、最後にはなすりつけ合いになって、児童養護施設に送り込まれたと言うわけだ。

 

 

 どちらにしろ捨てられたことに変わりはなく、虐待もあり、当時の僕は大層傷ついていた。

 

 忘れてしまいたいと思うほどに。

 

 

 しばらくして、二重乖離という症状が現れたらしい。

 

 精神的ストレスでバグった脳を真っ白にしてしまおうという体のシステムだ。

 

 

 

 

 そんな風に、僕は幼少期の記憶を失った。

 

 

 そんな僕はなるべく人をさけて22歳を迎える。

 

 

 過去のない真っ白な僕は、このことを誰にも言うことがなく、ただただ、心に恥ずかしさを持って誰とも触れ合うことなく、孤独死するんだろうなと思っていた。

 

 

 だからこんな僕が、恋愛をするだなんて思ってもみなかった。

 

 

ー ー ー ー ー

 

 

 

 

 彼女と出会ったのはサークルの飲み会で、第一印象は「なんか、イイな」くらいだった。

 

 白い肌に垂れる黒く長い髪が、表情に陰りを作る。サラダを取り分けているだけなのに、伏せた瞼が心臓をつかむほどの破壊力だ。

 

 だが、勘違いしてほしくはないのだけれど僕のこの「なんか、イイな」は恋愛的なものではなく、人として「イイ」わけであってけして付き合えたらいいな、なんて気持ちはこれっぽっちもないのである。

 

 だから、僕はソルティドッグを飲みながら彼女を横目で見るだけだった。

 

 僕なんかが人と付き合うには恐れ多い。

 

 グラスに付いた塩をひとなめしてそう思った。

 

 

 

ー ー ー ー ー



 人間誰しも辛いことがあるのだと思う。

 だけど、自分の体はソレから逃げた。

 

 

 幼少期の大部分を捨てることによって楽な「今」を選んだ。

 

 

 それは自分自身が望んだことではないにしろ、結果的に僕が望んだことになるのだろう。あまり深く考えてしまうと僕という心と僕ではない体という思考に陥ってしまいそうになるので詳しくは避けようと思う。これこそが乖離であるのだから。



 だが、僕が乖離を起こしたのは幼少期一度きりなのである。

 

 

 勿論辛い局面に陥ると脳みその皮一枚がベリベリとはがれる感覚があるのだが。

 

 

 まあ、今まさにその状況であるといえる。

 

 

 名前も知らぬ「なんかイイな」と思った彼女が僕のベッドで、僕と一緒に眠っていたのだから。

 

 

 ー ー ー ー ー

 

 ああ、忘れたい。消してしまいたい。

 

 実際は何も覚えていないのだけれど。

 

 

 

 いや、もしくはこれこそが乖離なのかもしれないが。

 僕は昨晩何をしてしまったのだろうか。

 

 

 ソルティドッグを飲んだ後、何やらいろいろ飲んだ気はするが、さっぱりそのあとの記憶がない。

 

 

 名前も知らない彼女と、どのように話し、どのようなシチュエーションでこうなってしまったのか。

 

 

 恐る恐る掛け布団をめくると彼女は昨日も着ていた白いワンピースを身にまとっていた。僕は息を整える。

 

 よかったなにもしていない。

 

 

 

 

 そうして、彼女の両眉がぎゅっと寄り、「んー」っという声を上げた。

 ゆっくりと瞼が上がり、真黒な瞳孔が僕をとらえる。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます」

 

 彼女は朗らかに返した。

 当たり障りのない笑み。いや、好印象な笑みだろう。誰にでも好かれるだろうソレ。



「ごめんね、昨日、僕はその。申し訳ないんだけど何も覚えていないんだ」

「あら、そうなんですか。ちょうど私もそうなんです」

 

 オドオドして自分でも気持ちが悪いと感じる僕の言い方に彼女はそういってほほ笑んだ。そうして彼女は部屋の中をきょろきょろ見渡すと女っ気のない男の部屋に、フリルのバッグを見つけるなり、ベッドからそっと降りた。

 

 

 バッグをごそごそと漁る。

 手帳を取り出し、パラパラとめくった。

 

 そうして一人「ふむふむ」というと次は、スマホを取り出して何やら必死に打ち込んでいた。

 

 彼女の流れるような動きを横目で見つめていると、それに気が付いたようで「あ、私、メモ魔なんです」と自己紹介をした。

 

 そういえば、僕は彼女の名前すら知らない。

 

 

 

「あの、その、駅まで送るよ」

 

 でも、まあ、いいか。

 どうせもう今後会わない。

 会ったとしても会釈する程度で、話すこともないだろう。

 

 

「ありがとうございます」

 

 彼女がスマホから顔をあげ、白い歯を見せて笑った。

 歯を見せて笑う。その行為にに彼女はきっと自分に自信がある人なんだろうと感じさせた。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 僕もベッドから降りた。

 そのとき、盛大に僕の腹の虫が鳴った。

 

 

 首から脳までふつふつと茹っていくのがわかる。さぞ、彼女から見た僕は耳まで真っ赤になっていることだろう。

 

「あの、なんか、ごめん。君を送ったらコンビニに寄るから、わ、忘れて」

 

 そういうと、彼女は少し悩んだ様子を見せた。

 

 

 そうして明るい笑顔で

「よかったらあるもので、なにか作りましょうか?」

 といった。

 

 

 

ー ー ー ー ー

 

 期待などしていなかった、などと言うと失礼だろうか。

 だけれども、思った以上に彼女の作った料理は質素だったのだ。

 なんというか、料理を普段からしない子が頑張ったような。

 

 

 彼女が15分ほどで作ったメニューは、玉子焼きと茶色いジャガイモを煮た物だった。

 説明が雑なのは僕の語彙力を呪ってくれていいと思う。

 皮をむかれたジャガイモが、一口大に切られ茶色く煮付けられている。

 

 僕はそれらを横目に見ながら、凍ったご飯をレンジであたためた。

 

 

「煮っころがし、知りません?」

 

 僕の目線に気づいた彼女がそういった。

 

 

 

「恥ずかしながら、料理もしないし、母も、作る人ではなかったから」

 

 少しだけ嘘をついた。

 母がどういう人かなんて知らない。

 施設では、食に興味がなかった。食べることができれば、それでよかったからだ。

 

「ふふ。同じですね。私も母が作る人じゃなかったの」

 

 上品に笑う。

 

 

「簡単なのよ。煮っころがし」

 

 僕は楽しそうに笑う彼女を見ながら「そうなんだ」と呟いた。

 

 

ー ー ー ー ー

 

 

 

 煮っころがしを、僕は正直馬鹿にしていた。

 

 

 一口大のイモを箸で二つに分けると、中は真っ白で心なしか「なんだちょっと周りに味付けしただけなのか」と思ったからかもしれない。

 

 切り分けた一つを口に放り込むと、僕は目を見はった。

 

 

 甘さとイモ本来の優しさが口いっぱいに広がったからだ。イモの硬さもちょうどよく噛むたびにホロリと崩れる。

 

 

 飲み込んで、自然に「おいしい」ともらした。

 

 

 

「でしょう?」

 

 

 彼女は満足したように、煮っころがしを口にした。

 

「うん、いい味」

 

 ほほ笑む彼女に、僕の胸が熱くなった。



 ああ、これが幸せというものか。

 住むところがあって、食卓を囲んで、おいしいねと語り合う人がいる。

 笑かせようとするテレビがついている訳でもないのに、自然と口元がほころんだ。

 

 これがきっと幸せに違いない。

 

 

 ぽっかりと空いた心の穴に、記憶に、何かがしみこんでいく気がした。

 

 

 

 

「結婚を前提に付き合ってほしい」

 

 

 気が付いたら口走っていた。

 

 

 名前も知らない相手を嫁にほしいと思ったのだ。



ー ー ー ー ー



 彼女はいい答えをくれなかった。

 それもそうだろう。

 

 お互い名前もうろ覚えで(僕に至っては一文字すらしらない)、朝食を食べながら告白されたのだから。それにもしかしたら今付き合っている人だって居かねないのだ。

 

「あなたとは付き合えないわ」

 

 彼女は箸を置いた。

 僕は恐る恐る彼女の表情をみたが、強張っているのがわかった。



 

 ああどうしようか。

 

 

 僕は頭の中で考える。

 これほどビビッとくる女性が生涯現れるだろうか。

 そう思うといつもはオドオドしている心の中の僕が「男を見せろ」と言った気がした。

 

 

「それはどうして? 好きな人がいたりする? 僕はなんていうか、その、ひとめぼれした、んだ」

 

 正しくは君の作る煮っころがしに。



 

 

「そういうわけではないのだけれど……」

 

 どうにも歯切れの悪い返答だ。

 彼女は髪を耳にかけながら続ける。

 

 

「私、人と付き合う資格がないの。きっと貴方を傷つける」

 

「そんなこと、ない」

 

「じゃあ……一週間、お試しで付き合ってみる? ただ、お願いがあるの」

 

 

 藁にもすがる思いだった。

 

「どんなお願い?」

 

「私のことを他言しないでほしいの」

 

 

 

 それはどういうことだろうか。

 付き合っているということを誰にもいうなということだろうか。

 

 まるで僕の表情を読み取ったように彼女は続ける。

 

 

「付き合っていることは誰かに言ってもいいの。付き合っている私がどういう子か、とか、そういうことを誰にも言わないでほしいの。言ったとしても無難に、はぐらかしてほしいの」

 

 なるほど。プライベートな自分を他人に言わないでほしいということか。

 

 それは納得できるし、二人で共有するうえで僕も大事だと思った。

 

 よく、そういう具合がどうとか下衆な話をするやつがいるけれど、僕もそういうのが嫌いだからだ。

 

 

 だから、僕は首を縦に振った。

 

 

つづく