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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

42綴り こんな僕が恋愛をするなんて・続

フィクションです。

 

onisisino.hateblo.jp

上記の続きです。

 

短編。

 

 

 

 

42綴り こんな僕が恋愛をするなんて・続

 

 

 

 

 翌日の事だった。

 

 彼女がおずおずと手帳を取り出して「ここに捺印をおしてほしい」と言ってきた。

 彼女の開いたページには“〇〇(僕の名前だ)と付き合っています”という彼女の書いた文章だった。

 

 

「からかってるの?」

 それともそういう遊びなの?

 僕は多少はにかんでいたと思う。

 だってこれじゃあ、まるで、ままごとじゃないか。

 

 

「けして、からかっているんじゃないの。私は本気なの」

 

 彼女のつぶらな瞳が僕に訴えかけた。僕は彼女の二重瞼に見とれていた。

 

 

「わかった」

 僕は頷くと、タンスの一番上の棚から認印を取り出して彼女の手帳に判を押した。

 

 

ー ー ー ー ー



 それから5日か、4日過ぎたことだったと思う。

 僕が彼女の違和感に気づいたのは。

 

 

 まず、彼女は本当に些細な事を全くといっていい程覚えていない。

 

 

 小さな事をいえば、スマホの置き場だとか、会話の断片だとか。

 大きな事をいえば、ご飯を食べただとか食べてないとかだ。

 

 特に、後者は酷かった。

 気がついたら彼女は僕が覚えているだけでも1日に8回も食事をしていた。初めは少しだけよく食べる女の子なのだと思っていた。だが、決まってトイレで吐き出すのだ。

 

 

 

 何より、彼女は僕に“自分はメモ魔”だと言った。その行為が、狂気じみていた。

 僕との会話を一言一句メモし、ソレを何度も読み返していた。

 

 

 僕は誰かに聞きたい。

 

 

 彼女がメモ魔だったとしよう。

 そんなに見返す必要があるのだろうか。

 ひどい時は5分毎に手帳を見ているのだ。

 

 

 しかし、彼女とのプライベートを一切口外しないことが彼女と付き合う条件だ。簡単に破れるわけがなかった。だけれども、いざ、誰にも悩みを打ち明けられない、意見を求められない状況に陥ると腹のあたりがモゾモゾとした。

 

 

 普通、悩みというものは恋人と共有するものなんだと思う。

 

 

 だが、恋人自体が悩みな場合はどうするんだろう。友達にいうのだろうか? 話せない場合はどうするんだろう。

 

 

 無意識に頭を掻き毟っていた。

 

 

 恋愛というのは、勝手に、甘くて楽しいものだと思っていた。

 公共の場で行われる見知らぬカップルの痴話喧嘩も好き好んでやっているのだと思っていた。

 

 

 恋愛が、こんなにも苦しいだなんて思ってもみなかった。



 

 

ー ー ー ー ー



 

 

 腹に言葉や思考が溜まっていく感じがした。

 そんな気持ちを抱えて、僕は3日と持たず約束を破るよりマシだと思い、彼女に思いの丈をぶちまけた。

 

「あのさ、どうして、そんなに、メモとるの」

 

 僕がそう切り出したとき、彼女は僕の洗濯物をたたんでくれていて、その手がピタリと止まった。

 

 

 

「どうしてそんなこときくの?」

 返答は呟くようで、何処か冷たさを感じる声のトーンだった。

 

 

 

「不思議に感じたから……」

「どうして?」

「だって、そんなに日常でメモを取る必要がある、かな?」

「おかしな女だって思った? 嫌になってきた?」

「?! そんなこと……」

 

 

 

 顔をあげた。

 彼女を見る。

 彼女は、今にも泣きそうで、とても傷ついた顔をしていた。

 

 

 

「僕は君のことを知りたい。知っていきたい。結婚を考えてしまうほど、君が好きなんだ」

 

 

 彼女の震える指先を、僕の手で包み込む。

 とてもか細くて冷たい指だった。

 

 

「実は……」

 

 彼女はポツリポツリと本当のことを僕に打ち明けた。



 彼女が欝病であること。

 薬の影響か、欝の症状か、断片的に記憶をなくしてしまうこと。

 

「辛いことが起こると、特に忘れてしまうの。でも、辛いことだけじゃなくて、全部、忘れてしまう。忘れたいわけじゃないのに……」

 まるで何処かで聞いたセリフだ。

 

 

 

「なにがそんなに辛いの?」

 

 

 

 辛いことを取り除いてしまえばいいと、安易に思った。

 辛ければ、逃げてしまえばいい。

 自分が過去から逃げたことに、あんなにも罪悪感を持っていたのに、彼女の話を聞いてそんな風に思えてしまった。

 

 

 逃げることは、悪いことではないのではないだろうか。

 

 特に彼女には辛い思いをして欲しくはないと思った。



 

 

 

 

「両親の仲が悪いの。一緒にいると息が詰まってしまいそう……」

 

 なんだ。そんな事なら……

 

「僕と同棲しよう」

 

「え」

 

 彼女が、本当に驚いた顔で目を丸くして僕を見ている。

 

 

 

「辛いなら、逃げていいんだよ」

 

 

 

 彼女の手を強く握った。

 彼女はボロボロと涙を流した。

 僕が繋いでいない方の手で、涙を拭う。

 

 

 

「本当のことを言ったら嫌われると思ったの。貴方のこと、病気のせいだったとしても忘れたくなかった。だから沢山メモをとったのよ。どんな日常でも貴方と居られて幸せだった。忘れていい貴方との時間はないわ」

 

 

 とうとうしゃくりあげて泣いてしまった。

 僕は彼女を抱き寄せてバレないように少し泣いた。

 彼女の背を撫でる。ゆっくりと息が整うまで、僕はなで続けた。

 

 

 次第に呼吸が整うと「疲れちゃったわ……」といって、彼女は家事半ばでソファーへ移動して眠ってしまった。

 





 僕は彼女の寝顔を見ながら思う。




 彼女の気持ちがわかる、と。

 

『どんな日常でも貴方と居られて“幸せだった”』

 

 過去形。



 断片的に消える記憶の中で、彼女は怯えていたに違いない。

 “彼女”が“彼女”であることに変わりないはずなのに、自分は望んでいないのに自分自身が記憶を消していく。

 

 

 3分前の自分がわからなくなる恐怖。

 さっきまで、何をしていたんだろう? ご飯は食べたのだろうか? 携帯はどこに置いたんだろう?

 

 

 ストレスを消すために記憶を消す。

 でも、覚えていない事が逆にストレスになってしまう。



 

「不器用だよね……。僕たちは」



 彼女の髪を撫でる。

 眠っているのに、くすぐったそうに彼女は笑った。

 

 君が僕に似ていて、ちょっとだけ嬉しかった。

 僕は君と出会って、幸せを知って、孤独を忘れる事が出来た。

 

 



 

 

 おわり