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貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

雑記 「諦めたらそこで試合終了」というけれど試合が終了したら、負けなのだろうか

 有名なセリフですが、このセリフには前後あるらしく本当の意味とは話がそれてしまう本日の雑記

 

雑記 「諦めたらそこで試合終了」というけれど諦めたら負けなのだろうか

 

 

 

 

 

 年が明けてすぐ、作品をポストに投函した。

 ある賞に応募するためだ。

 作品の内容は、去年を締めくくるに相応しい自分にとっての「最高傑作」だ。

 

 でも少し時間がたって、「カテエラではないか」「盛り上がるところは本当に盛り上がっているだろうか」と自信がなくなってきたのである。

 思えば投稿するときは、いつだって自信に満ち溢れている。だが、一度も入賞したことがないのだ。

 

 気持ちを紛らわせるように過去の受賞傾向を見た。(これは応募する際にかなり調べていたのだけれど、それでも調べてしまった)

 

 

 その時にあるブログに出会ってしまった。

 

 

 それはもう更新されなくなった作家になる事を夢見ていた男性のブログだ。日付は三年以上も前で止まっている。

 そんなブログはネットの海には沢山あるけれど、私はサーチからこのブローガーが過去に同じ賞に応募していたことを知り、賞の傾向を知りたくて読むことにした。

 

 

 ブローガーのブログは三年に渡る。

 ほぼ毎月あらゆる賞に応募していた。書いて、応募して、結果を待ちながら書き続けていた。

 そして、一度も受賞することなく夢を諦めてしまった。

 ブログには「自分には小説しかない」とまで書いていたのにである。

 

 

 私は気が付くと彼の記事をすべて読んでいた。

 彼が「最高傑作」を応募し、うなだれる様を読んだ。はっきり言ってとても胸が痛かった。結果を知っていながらも(がんばれ、がんばれ)と応援しながら読んだ。

 

 彼は文章から察するに、真面目な人間だ。毎日コツコツ文章を書く。

 そして長編をコンスタントに仕上げ、しっかり校正をしているようだった。

 記事の文章からまっすぐな性格が伝わってくる。文章に感情の波は少なく、稀に落選の落ち込みや、漠然とした将来の不安が綴られているくらいである。

 

 また、彼には文章に対してこだわりがあった。

 情景をしっかり書き込むことと、ひらがなが多いことだった。

 ひらがなが多いことは書評でも指摘されていたようだ。

 しかし、これは彼のこだわりだったのだろう。

 

 

 さて、すべての記事を読み終えて彼の過去作を探した。

 過去作はすんなり見つかり、私は読み始める。

 まずは一万字程読んで休憩。

 

 

 

 これはあくまで個人的な読者としての意見なのだが、一言でいうと「もったいない」である。

  彼が書評でも指摘されていたひらがなは、彼のこだわりなのだろうが私には苦痛でしかなかった。

 

例:彼のこだわりなのだろうが私にはくつうでしかなかった。

  こんな感じの何故ここがひらがななのだろう? という単語が多く、読むたびに読み間違えてしまい、なんども目がつっかえた。

 

 

 きっとこだわりなので、ひらがなにしている単語には法則性があるんだろうけれど、折角面白い物語なのに「もったいない」の一言。

 お話の内容は面白かった。

 彼の情景を書きみすぎるというこだわりは、読みやすく、引きつける力があった。

 

 

 だけど、冒頭は単調で、それに加えてひらがなで読みにくいと、人によっては読むことが苦痛となりえる。面白くないと読むのをやめるだろう。折角の小説がそこ止まりになってしまうんだろうなぁと思った。

 なにより私は、ブログから彼の人間性を汲み取って「この人の小説を読みたい」と思った。ひらがなが多いということも知っていたし、それなりに覚悟をして読んだ。

 

 でも、なにも知らない人は違う。

 そこには作品と読み手しかいなくて「ひらがなはこだわりなんだよ」なんて、説明しに行くことは出来ない。

 

 

 別のHPでのことだ。

 賞に応募した作品が、一次選考で落ちてしまったらしい。

 別の記事で応募した作品の感想を求めて作品へ飛べるURLを載せていた。

 コメント欄に感想があり「失礼を承知で感想を書きます。途中まで読んだのですが~(以下感想)」という書き込みに対して「全部読んでから感想が欲しかった」と作者が返信していた。

 

 どちらの気持ちもわかる。

 書き手としては最後まで読んでから感想が欲しい。どんでん返しや、複線回収などがあるかもしれないのだから。

 

 でも、感想をくれた方からすれば最後まで読むことが苦痛だったという可能性もある。面白ければ最後まで読むだろうし、仮に忙しくて途中までしか読めないのであれば、そもそもコメント欄に感想など書かないわけだから。

 

 作品のURLがリンク切れしていたので私は読むことができなかったのだけれど。

 

 

 ともかく、こだわりや願望を、読む人に「わかってくれ」なんて直接言えないわけだから、きっと作品の中で伝えるべきなんだろう。作中でそれを伝えられないなら、それはきっと必要のない蛇足と捉えられても仕方がないのかもしれない。

 

 さて、私の応募した作品の話に戻る。

 以上の事を考えると私にも「こだわり」や「わかってくれよ」といった気持ちがないとは言えなかった。

 正直思い返せば、とにかく読みやすく仕上げたつもりだし、何度も読み返したけれど、結局自己満足で終わっているのかもしれないと思う。

 

 ただ、「こだわり」を捨てて、読み手ばかりを気にして作品を執筆したら、それは書き手が私である必要はあるのだろうかとも思った。

 

 

 ブローガーは最新の記事で「もう小説を書かない」と残して更新を絶った。

 本当は今もなお、どこかで小説を書いているのかもしれないし、「自分には小説しかない」と言っていたけれど何か新しく熱中できるものを見つけたのかもしれない。

 

 多分、諦めても負けではないと思う。

 誰しもがなりたいものになれるわけではないのだから。

 それでも私はこのブローガーを思うと悲しい。

 せめて、彼の残した作品を全て読み、咀嚼して、私の創作活動の血肉にしたいと思った。

 

 

 

 

追記:この話はフィクションということで何卒。

 

HPもよろしくお願いします。

onisisino.xyz