貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

44綴り 傷痕同盟

 

今年初短編。

絶対に書いている場合ではない。

 

 

 

 

44綴り 傷痕同盟

 

 

「失礼しまーす」

 扉が突然開けられた。

 保健室の扉に張り付けた看板には確かに“外出中”としていた筈なのに。

 

 扉を開けたのは同じクラスの笹本くんだった。

 私は呆然としていて、上半身ブラしか纏っていない状態で彼と目が合った。

 

「うぉ! 上野じゃん! マジごめん!」

 

 笹本くんはいつものようにチャラくリアクションした後、保健室から出ようとした。

 なのに、私の体をみて、上履きを脱いで結局保健室に入ってきてしまった。

 それもご丁寧に鍵まで閉めて。

 

「つか、大丈夫? めっちゃ傷だらけじゃん」

「外出中の看板にしてたと思うのですが、どうして入って来るんですか?」

 

 あえて傷の質問には答えなかった。

 いう必要もないと思うし。

 

「いやね? 書いてあったから授業サボろうと思って入ったんじゃん。そしたらビックリ! 上野が傷だらけで上半身ほぼ裸じゃん! そんな感じ!」

 

 バカ丸出しの言葉に私は溜息を吐く。

 

「そうなんですね。寝たけりゃ寝ればいいと思います。保健の先生はお休みらしいですから、今日はここに来ませんよ」

 

 私は腕に消毒液を荒々しくかけて、ガーゼを引きちぎり、傷口に乗せた。

 笹本くんはそんな私の様子を見ながら「ふーん」と一人呟く。

 

 そうして、近づくと椅子に座っている私を見下ろした。

「じゃあさ。俺が――」

 彼が私の肩に触れようとしたとき、私は彼の手を振り払った。

 

「触らないでください!」

 

 知らない人に体を触られるのは嫌だった。

 半裸の女がいうのはおかしいが。

 

「ば、……違うって! 俺はお前に変な気起こさないって! 単純に手当を手伝おうと」

 

 怪しむ目で彼を見ると、彼は両手をあげて「マジで! 信じて!」と言う。

 信じられるわけがない。

 

「だって、よく見たら切り傷? ヤバいじゃん。うっわ、背中も傷だらけ。マジ何したらこんなに傷だらけになんだよ」

「……関係ないじゃないですか。もう自分で手当出来たのでいいです」

 

 私はこれ以上彼に追及されたくなくて、シャツとカーディガンを手に取った。

 

「いや、全然よくないでしょ! こら! そのままシャツ着んなよ!」

 私が着ようとしているシャツを、彼が引っ張り、イラっとしてしまう。彼が掴む倍以上の力でシャツを引っ張り返し、とりあえず真ん中のボタンを留めた。

 

「まてまて、マジで包帯だけまこ? あーもう、わかった。俺とお前仲間、OK?」

「……まったく意味が分からないです。語彙力なさ過ぎて小学校から通い直した方がいいですよ」

「いやいや、まじで仲間なんだって! ほら!」

 

 彼はそういうとおもむろに自分のシャツを捲って見せた。

 彼の筋肉が程よくついた腹には、まだ新しい1本の傷跡が斜めに15cm程刻まれていた。

 私はその傷跡に目を奪われ、まだ留めていないシャツの上から、去年女に包丁で切られた自分の傷跡を手でなぞった。

 彼と同じ位置にある。同じような傷跡だった。

 

 さっきまで暴れていた私が静かになったのを見て、笹本くんは微笑んだ。

「俺とお前仲間、OK?」

 同じ口調で彼は言ったが、私は何も答えなかった。

 でも、もう抵抗もしなかった。

 

 彼は私のシャツを脱がすと、何も言わず丁寧に消毒し、ガーゼをはさみで切り、包帯を巻いてくれた。その丁寧な仕事に私は静かに驚いた。

 

 笹本くんは……クラスではよくいるチャラいグループの人だ。

 金髪で、耳にピアスを沢山つけている。ズボンは腰で穿いているし、ふざけて授業を妨害するような奴だ。

 窓際で本を読むような私とは全く接点がない。

 

 半分ほど手当てが終わったところで、笹本くんは口を開き始めた。

 

「ホント狂犬みたいに暴れるからビックリした。つーかさ、俺が触れて怒ったのってちょっとえっちな妄想しちゃったからとか?」

 

 私が無視していると、彼はまだ続けた。

 

「ないない。上野だって胸ないじゃん。色気ゼロ! 俺、大人な女が好きだからさぁ」

「私の彼は、無くてもいいって言ってくれますし」

 

 私がそういうと、笹本くんは手に持っていた包帯を落とした。包帯はコロコロと転がって、笹本くんは慌てて拾った。

 

「は? 上野がビックリさせるような事言うから包帯落としちゃったじゃん」

 そう言いながらも笹本くんははさみで汚れたところを切り、綺麗なところだけ巻いてくれた。

 

「私、かっこいい彼氏がいるんです」

 笹本くんを無視して私は口を開く。

 

「かっこいいけど、優柔不断で、八方美人で、異性に迫られると断れないクズ男」

 口にするだけでも苛立ってしまう。

 それでも吐き出してしまいたかった。

 笹本くんが私の事を“仲間”だというのなら。

 

「だからいっつも、もめ事を持ち出してくるんです。大概は、浮気。最低だったのは人妻に手を出した時。あと妄想気味のストーカー女なんて最低でした。女の人は怒り狂うとすぐ包丁だすから」

 

 笹本くんは黙って聞いてくれている。

 

「私はなにもしてないのに、彼の代わりに私が刺されちゃうんです。おかしいでしょ?」

 

 思わず、自嘲してしまう。

 彼を捨てることができればどんなに楽か。

 それでも、いつも彼が私を選んでくれるから……まるで彼を苦労の末手に入れた大事なもののようで、なかなか彼を手放すことが出来ないでいた。

 

「わかる。わかるわ~」

 彼は最後の傷に包帯を巻き終えるとそう言った。

 

「俺の傷も似たような感じ。正当防衛? みたいな? 好きな女を守るために切られた感じ」

 あははと笑いながら「はい。手当終わり!」と言われたので、私は大人しくシャツを着た。

 

 彼の言う通り、彼は私の“仲間”なのかもしれない。

 誰かに今の話をしたって皆、口を揃えて「バカじゃないの?」と私を笑うから。

 

「笹本くん、ありがとう」

「いいって。俺たち仲間だろ?」

「そうかもね」

 

 私は苦笑して、保健室を出た。

 

 

 

 それから3日後、笹本くんは逮捕された。

 保健の先生である安藤亜樹世を拉致監禁し、その旦那である安藤君和を殺害した容疑として。

 笹本くんは、先生と付き合っていたと言い、先生は知らないと証言したという。

 

 

 

 笹本くんが私に見せてくれた傷は、確かに私と似た傷だったけれど、似て非なるものだったようだ。