貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

46綴り みんなしね

短編

 

 

 

46綴り みんなしね

 

「マジありえんわ」

 先輩は頭を掻きながらため息交じりにそう言った。私は頭を下げ、何度目かもわからない「すみません」を言う。先輩はもう一度大きくため息を吐き胸ポケットから煙草を取り出した。

 

 今日、私は会社に大きな損失を与えた。

 コードを一つ打ち間違えただけで、会社のデータが一部吹き飛んだのだ。

 誰だって打ち間違いのミスはする。新入社員ゆみちゃんだって先週末打ち間違えをしていた。その時は数時間分のデータが消えてしまっただけで済んだけど。

 私は運が悪かったのだ。

 

「冗談は顔だけにしてろよ」

 先輩は吐き捨てるようにそう言った。

 先週、可愛いゆみちゃんには「間違いは誰にだってあるよ」と優しく言っていた口で。

 

 顔は関係ないだろ。

 目の奥にちらりと火が付いたような気がした。それをまばたきで沈下する。

 

「……すみません」

 私は何に謝っているんだ?

 顔が醜く産まれたことについてか?

 この痩せにくい体質についてか?

 それとも見た目同様、醜い性格についてか?

 ああ、嫌になる。

 仕事でミスを侵したのに素直にごめんなさいと思えない私が嫌になる。

 

 

 その日の晩、私は意識が朦朧とするまで酒をあおった。

 何軒か酒場を一人渡り歩いて、最後にどのようにたどり着いたかわからないショットバーでカウンターに座った。

 静かで、薄暗い、何処でにでもありそうなバーだった。

 私はそこでウィスキーを頼み、ちびちびと飲んだ。

 帰るのが億劫だった。

 帰宅すると明日仕事に行かなければいけないような気がして。本当はここで酒を飲んでいても、時間は刻々と進んでいて、嫌でも会社に行かなければいけなくなるのに。

 

 ふと、隣に座ろうとする若い男と目が合った。

 狭いカウンターで私は 自分が座っている椅子を少し横に寄せる。

 イケメンだ……。目を合わせないようにしよう。

 いつものようにそう思った。私のように生まれつきブサイクはイケメンに見せることが恥ずかしいのだ。顔を背け、俯いた。

 

「ねぇ、お姉さん、一人?」

 

 自分に呼びかけているわけではないだろう。

 そう思い、ウイスキーが入ったグラスを手に取った。

 

「ねぇってば」

 

 男がしつこく話かけているので、どんな強情な女なんだろうと盗み見ようとするとあろうことか、私が男と目が合った。

 

「私?」

「そうそう」

 

 男をよく見ると、整った顔立ちをしていた。

 パーマのかかった茶髪に、目が大きくて、口元がきゅっと上がったどこにでも居そうなイケメンだった。

 

 話すと男は気さくで、なんでもない話から、どうしてそうなってしまったかわからないが、私が会社で失敗してしまった話をしていた。

 そこから、私はどうにも昔から運がないこととか、産まれた時から不細工で笑われた人生だったとか、学生の時に痩せようとして栄養失調になったけど骨太で細くなれなかったとか。酔っていた勢いもあってどうでもいいことを話してしまった。

 だけど男は嫌な顔もせず話を聞いてくれた。

 そうして、バーテンさんが居なくなったとき、そっと私に耳打ちをしたのだ。

 

「ねぇ、願い事がひとつ叶うとしたらどうする?」

「え」

 

「俺ね、実は君の専属悪魔なんだよね」

「はぁ」

 

 それはそういうギャグなのか。

 とにかく突然そんなことを言われたものだから、私は気の抜けた返事を返した。

 なんでも男は私の専属悪魔らしく、今まで私の不幸を美味しく頂戴していたのだと言った。ちなみに私が不幸続きなことは悪魔が憑いていることとは関係ないらしく、元々不幸な体質なのだと教えてくれた。

 

「君からはもう十分不幸をもらったから、一つだけお礼として願い事をかなえてあげようと思って」

「願いごと?」

「うん。なんでもいいよ。今から絶世の美女に変えてあげてもいいし、お金持ちにしてもいい。なんでも言って」

 

 男はにこにこしながらそう言った。

 私は自らの顎を擦る。

 酔いが十分回っていて冷静な判断が出来なかった事もあるが、ここまで私のつまらない話を嫌な顔一つせず聞いてくれた男の遊びに付き合ってやろうと思ったのだ。

 

「じゃあ、これから私の容姿を悪く言ったり思ったやつに、痛みを跳ね返すことってできますか?」

 

 私がそういうと男は今日初めて表情を崩した。

 驚いて、目を見開いたのだ。

 

「どうして?」

「……ほんのちょっとでいいから私の気持ち、わかってほしいなって思って」

 

 私はそういうと残りのウイスキーを一気に飲み干した。

 

「今まで散々、ブスとかデブって言われてきました。でも何回言われても慣れることはなくって。例えば魔法みたいに美人になったとしてもあの時の痛みをずっと覚えていると思うんです。それなら、私にブスって言った人にちょっとでも私の痛みをわかってほしいなって」

 

 男はふーん、と言った。

 私はだんだん眠くなり、行儀が悪いと思いつつもテーブルに肘をついて自分の腕を枕にした。瞼が重くなっていく。

 

 

 

 朝、目覚めると自分の部屋だった。

 体を起こすと頭に痛みが走る。

 飲み過ぎた……。

 どうやって帰ってきたのか覚えていない。

 ふとスマホを手に取り画面を表示させる。

「ヤバい! 遅刻だ!!」

 いつも家を出ている時間に目覚めてしまったのだ。

 

 急いで身支度をする。

 その間に何度も会社に電話をいれたが、誰も電話を取ってくれない。

 チャットアプリでも連絡を入れたが既読すらつかなかった。

 忙しいのかもしれない。

 

 

 私はタクシーを拾い会社に向かった。

 そしてオフィスにつき「遅れてすみませんでした!」と声をあげるも返事はなかった。

 

 みんな、床や机に突っ伏して倒れていた。

 どっきりかと思い、近くで寝そべっていたゆみちゃんに触れると驚くほど冷たかった。そっとお腹に触れる。息をしていない。

 

「……死んでる」

 

 ふと、昨晩のことを思い出す。

 

 

これから私の容姿を悪く言ったり思ったやつに、痛みを跳ね返すことってできますか?

 

 

 みんな、私の悪口を言ったんだろう。

 私が死にたくなるほど酷いことを。

 思ったり、口にしたりしたんだろう。

 

 

 

おわり