貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

雑記 打ち所が悪くて死んだだけ

雑記です

 

 

 

 人との距離感が測れないと、なるべく関わらないようにするか、いっそ相手のことなんて気にしないかの大きな二択になるんだと思う。

 

 小説を真剣に書き始める少し前、ある遊びを真剣に取り組んでいた。

 どんな遊びでも本気になれば世界大会や国内大会があるわけで、そういったところを目指して真剣に遊んでいた。

 比較的男性比率が多い遊びだったので、女性がいれば仲良くしていたし、年下だったらいい年上であろうと努力していたと思う。

 

 そんな中で、ある女の子をカラオケへ誘ったときのことだ。

 自分では十分仲がいいと思っていたし、彼氏さんともお付き合いがあったし、食事も結構行っていたと思う。

 けれど、カラオケで「呉西さん、あんまり仲良くないのに今日は誘ってくれてありがとう」と言われた。

 とてつもなくショックだった。

 私は十分仲がいいと思っていた。

 

 自分が思っている距離よりも、差があるのかもしれないと感じた。

 同時に、踏み込んではいけないところへ知らず、土足で入ってしまうのではないかという恐怖も芽生えた。

 その子も迷惑だったかもしれない、と思うようにもなった。

 それがずっと心の中で引っかかって、自身を戒めなければ、と強く思っていた。

 相手の顔色を見て、観察して、推測して、聞き手に回って、失礼じゃないように。

 

 それが妙にしんどくて、美容院やショットバーエステでも気疲れすることが多い。

 

 

 だけど今日、私に考えを改めさせた言葉のその子のツイートを見て、目を疑った。

 一応、記しておくけれど、今もなおその遊びようのツイッターアカウントを私は残していて、たまに呟いたりもする。

 友達も、そちらにはいるので飲みの誘いなどはラインよりもそのアカウントに届くことが多い。

 TL上にその子のツイートも流れてくるわけで、たまたま目に入ってしまった。

 詳しくは書かないけれど、他者に対する思いやりが、自分とは違うベクトルの方であったのだ。

 

 その時にふと、あの時私がああ言われたのはお互いに歩幅や、考え方が違って、距離が上手く測れなかっただけなんだと気づいた。

 私がおかしいんじゃない。たまたま合わなかったんだ、と。(本当におかしいのかもしれないが)

 

 それに気づくと少し心が軽くなった。

 けれど、明日から気持ちを100%変えてオドオドせずに生きるということは難しい。

 明日も明後日もこの先も、ずっとオドオドしながら生きると思う。

 

 誰かの一言が時として致命傷になることがある。

 本当は大したことないはずなのに、私には急所が多いらしい。

 

 そうそう。

 冒頭で人との距離が測れないと「なるべく関わらないようにするか」いっそ「相手のことなんて気にしないか」の大きな二択と言ったけどあれは嘘だ。

 本当は「まったく関わらない」というものもある。

 

 だけど小説は一人では書けないし、お仕事ならなおさら誰かと行動しないといけない。

 だからあえて二択しかないのだ。