貴方を思い出すと私は哀しい

呉西しの さんが、綴ったり綴らなかったり。ノベルとか小説とか書いています。御用の方はonisisino@gmail.com まで。HP: http://onisisino.xyz

51綴り 本当は好きでもなんでもないくせに

短編です

 

 

 

 初めて入るビアンバーでカウンターに座るなり話しかけられた。

 振り返ると黒髪の美しい女性が立っている。

 丈の短い紫のワンピースに、私は内心顔をしかめた。

 

 苦手なタイプだ……。

 

 少し釣りあがった狐目は笑うと愛らしいが年上だろう。

 センター分けした艶やかな黒髪はよく手入れされているんだと思う。

 それに丈の短いワンピースに網タイツ。

 

「こういうところは初めて?」

 

 そう言う唇の形は整っていて、あふれ出る玄人感。

 タチだろうか、ネコだろうか。

 

「はあ……」

 私は気の抜けた返事をした。

 

 お姉さんはカノさんというらしい。

 私よりも八つ上。

 店員と話す感じでは常連。

 こうやって初めてくる客をつまみ食いするのが日課なのだろうか。

 そんなふうに邪推する。

 

「ねぇ、聞いてる?」

 カノさんが私の耳元で呟いた。

 吐息が耳にかかり、思わず体を引く。

 

「……近いです」

「だって、久美ちゃんさっきから上の空なんだもの」

 もぉ、と頬を膨らませる姿は可愛らしい。

 

「ねぇ、私、邪魔? よそに行った方がいい?」

 カノさんは小首を傾げた。

 私はカノさんに向き直り、横目で辺りを見渡した。

 店内にいる客は、みんな話し相手ができているようだ。カノさんが離れれば、私は誰からも話しかけられないだろう。新しい客がくるまでは。

 

「いえ、すみません、ボーっとしていただけなので。邪魔だなんて思ってないですよ」

 私がそう言うとカノさんは大げさに安堵の息を漏らす。「よかった」と笑い、さっきの話の続きをしはじめた。

 

 

 

 時間は過ぎ、次第に酒はまわってくる。

 意外にもカノさんは聞き役に回り、私もいらないことを話してしまった。

 

 学生の時、異性と付き合ったが性行為が上手くいかなかったこと。自分の性別に違和感を覚え、このバーへ来たこと。このバーでは恋愛がしたくて、ガッツかれても困ること。

 気が付くと、ただただ寂しい、人恋しいと涙ながらに呟いていた。

 そんな私をカノさんは抱きしめてくれた。

 柔らかくて、温かかった。

 

 私は――

 ずっとこの世界で一人ぼっちだと思っていた。

 世界中には愛情で溢れているのに、自分にはそれがないのではないかと気づいて、恐れていた。

 漫画もアニメもドラマでも。

 恋愛は尊いもので、性行為は気持ちのよいもので、ゆくゆくは好きな人の子どもが欲しいと思うことが普通で……。それが当たり前みたいな世間。

 でも私にはそれがなかった。

 組み伏せられて、押し込まれて、痛みに耐えて、何を愛せというのだろうか……。

 

 泣きじゃくる私の背を撫でるカノさん。

「辛かったよね、寂しかったよね」

 私を抱きしめ、あやす。

「大丈夫だよ、一人じゃないよ」

 柔らかなカノさんの肉体。甘い匂い。

 酒がずいぶんまわっていたのもあった。

 カノさんに寄りかかるように店を出た。

 連れられるがままにホテルに行き、個室に入るなり扉の前で人生で二度目のキスをした。溺れるようにキスをして、服を脱がされて、崩れ落ちるように二人でベッドへ倒れた。

 

 交わる性行為。

 どろどろに溶けて、ひとつの生き物になってしまいそうだった。

 カノさんは同性同士の触れ合いがわからない私に上手くレクチャーしてくれた。

 そのどれもが甘美で、初めて味わう快感だった。

 

 二人果てた時に、カノさんを腕まくらしながら会話をした。

 お互い、何度達したのかわからなかった。

 体には、疲労と達成感があった。

 まどろみながらカノさんの話を聞いた。

 

 カノさんに旦那さんがいること。

 子どももいること。

 でもレズビアンなこと。

 カノさんもさみしいこと。

 

 疲れていて、それらをすんなり受け入れることができた。

 きっと交わる前なら無理だっただろう。

 カノさんが体を起こし、私に馬乗りになる。

「引いた?」

 ゲームでいうところの、これが分岐ルートなことは明白だった。

 

「全然」

 余裕なフリして笑ってみせた。

 カノさんは「よかった」と言って笑う。

 

 そのまま深いキスをした。

 お互い舌を絡ませて、うっとりするようなキス。

 自分はカノさんに身を任せるだけ。

 

 バカみたいに気持ちいい。

 でもこの舌はうそつきだ。

 同情したフリをして、共感したようにみせ、旦那にも子どもにも嘘をつき、私を愛撫した舌だ。

 行為中、カノさんが何度も「好きよ」と苦し気に呟いていたことを思い出す。

 きっとこの人は誰にでもそう言っている。

 同情して、共感して、愛を呟いて、愛撫して。

 今夜あの場にいたのが私じゃなかったら、きっと違う人にそう言っている。

 そう思う。

 なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

 

 

 カノさんが、明日違う誰かを抱いていたとしても、私はこの人が好きだ。

 噓でも、私を抱きしめてくれた体温は本物だから。

 

 

 

おわり